東京地方裁判所 昭和40年(ワ)1815号 判決 1965年6月26日
原告 金仁錫
被告 国
訴訟代理人 荒井真治 外一名
主文
被告は、原告に対し、金一二〇円を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実および理由
第一当事者双方の申立て
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求めた。
第二当事者間に争いのない事実
一、原告は、昭和三九年二月二七日訴外三輪和義から家屋明渡請求訴訟事件(横浜地方裁判所昭和三九年(ワ)第二一七号)を提起され、右訴訟は、同庁第一民事部堀田繁勝裁判官係(以下単に「第一審裁判所」という。)に係属した。
二、原告は、弁護士堀江達雄に右訴訟を委任し、同訴訟代理人は、昭和三九年六月三日、すでに終結されていた口頭弁論期日の再開を申し立てるとともに、金二〇円の収入印紙を貼付した答弁書および金一〇〇円の収入印紙を貼付した証拠申出書を提出し、右各収入印紙は当該部の書記官において消印した。
三、第一審裁判所は、右再開の申立てを採用せず、昭和三九年六月一五日、判決を言渡したので、原告は、東京高等裁判所に控訴し(同庁昭和三九年(ネ)第一、五六二号)、右訴訟は同庁第一四民事部(以下単に「控訴審裁判所」という。)に係属した。
四、原告訴訟代理人は、控訴人である原告の訴訟代理人として、昭和三九年一一月一七日控訴審裁判所に対してすでに第一審裁判所に前記再開の申立書と同時に提出した証拠申出書を援用して証拠の申出をしたところ、控訴審裁判所裁判長は、新たに証拠申出書を提出するよう勧告したので、控訴人訴訟代理人は、一審裁判所に提出した右証拠申出書に貼付した司法手数料金一〇〇円が無駄になる、民事訴訟法は続審主義をとつているのであるから第一審の口頭弁論終結後に提出された証拠申出書は控訴審において名宛裁判所および年月日を訂正して活用できる旨主張したが、同裁判長は、右主張をとりあげなかつた。
五、そこで、原告は、やむなく新たに証拠申出書を作成して金一〇〇円の収入印紙を貼付して控訴審裁判所に提出した。
第三争点
一、 原告の主張
原告は、前記裁判所の処置により金一二〇円の損失を蒙り、被告は、法律上の原因なく同額の金員を利得している。
すなわち、
(一) 第一審裁判所は、原告の申立てに応じた訴訟行為をしなかつたのであるから、答弁書および証拠申出書に貼付した金一二〇円の収入印紙は、当然に原告に返還すべきものである。したがつて、原告訴訟代理人が控訴審裁判所において述べた前記の理由により右証拠申出書は控訴審において流用できたはずのものである。しかるに、控訴審裁判所は、この理を認めず、裁判長の勧告により結局原告は新たに証拠申出書を作成、提出することとなり、それにさらに金一〇〇円の収入印紙を貼用させられた。
(二) 以上のとおり、原告は、答弁書に貼付した金二〇円の収入印紙については第一審裁判所の行為により、証拠申出書に貼付した金一〇〇円の収入印紙については控訴審裁判所または第一審裁判所の行為により法律上の原因なく違法に徴収され、合計金一二〇円の損失を蒙り、被告は不当に同額の金員を利得した。よつて原告は。被告に対し右金一二〇円の不当利得の返還を求める。
二、被告の主張
第一審被判所および控訴審裁判所の措置は妥当であり、原告の請求は失当である。すなわち、
(一) (第一審裁判所の措置について)答弁書ならびに証拠申出書は、いずれも民事訴訟用印紙法の定めるところにより、所定の印紙を貼用しなければその効力がない(同法一一条)のであるから、原告が、第一審裁判所にこれを提出するにあたつて印紙を貼用したのは当然であり、裁判所がこれらの書面を受理したうえで貼用の印紙に消印をしたことは当然の措置である。ただ、右の各書面は、第一審の口頭弁論終結の後、原告が、その再開を求めるべく、裁判所の職権の発動を促す趣旨で口頭弁論再開の申立てをするに際し、これと同時に提出したものであつて、裁判所において口頭弁論の再開を命じないときは、第一審において答弁書に基づく陳述ならびに証拠申出書に基づく申出をする機会はないままで終るわけである。してみれば、原告としては、右口頭弁論再開の申立てをするに際し、ただ再開を要する理由を説明し、裁判所の判断の参考に供するに必要な限度で、答弁の要旨および申出を予定している証拠を再開申立書の中に記載すれば足りる筋合であるが、これらの書面をあらかじめ提出しておくことにより、口頭弁論が再開された場合には、再開後の口頭弁論期日に、ただちに答弁をし、証拠の採否ないし証拠調を受けることも可能になる等、これらの書面をあらかじめ提出しておく実益がないわけではない。したがつてまた、原告がそのようなことに備えてすすんでこれらの書面を提出した以上、口頭弁論終結後ではあるが、裁判所がこれを受理したのは十分に理由があるというべきである。ただ、これらの書面は、口頭弁論が再開されないときは、結果的には無益に終ることにはなるが、その場合でもそれなりで、書面を提出した目的は達成されたというべきである。
(二) (控訴審裁判所の措置について)原告は、第一審の口頭弁論終結後に提出した証拠申出書に記載した証拠につき、控訴審で新たに証拠の申出をしようとしたのであるから、控訴審裁判所裁判長が新たに証拠申出書を提出するよう事実上の勧告をしたのは、もとより当然であつて、前項に述べたように、口頭弁論が再開されなかつたため結果的には無益に終つたとはいえ、第一審においてすでに提出の目的が達成されたものといえる証拠申出書を控訴審においてそのまま流用する余地はない。
第四争点に対する判断
一、司法手数料は、裁判所が法に基づく申立てもしくは申出等(以下単に「申請」という。)に対し一定の行為(多くの場合裁判)をなすべき場合に、その応答義務に対する報償として徴収される料金たる性質を有し、法律の定めるところにしたがい、収入印紙をもつて納入しなければならないものである(民事訴訟用印紙法、印紙をもつてする歳入金の納付に関する法律)。したがつて、かような手数料の納付義務は、当事者が裁判所に対して右のような応答義務を伴う申請をすることにより、かつ、これと同時に発生し、裁判所によつて申請どおりの行為がなされるか否か、またはなされたか否かにかかわらない。たとえば、訴の提起には訴状に相当額の印紙を貼用すべきではあるが、請求棄却ないしは訴却下となつても、はたまた取下、和解により訴が終了しても、右の納付義務にはなんら影響がない。民事訴訟法九七条、一〇三条、一〇四条はこのことを前提としているというべきである。
しかしながら、当事者が誤つてまたは裁判所の不当な命令により法定の手数料の額を超過して印紙を貼付し、あるいは納付義務がないのにかかわらず印紙を貼付した場合のごとく、法律上の原因なくして国が印紙を収納した場合には、これにつき税法におけるがごとき過誤納金の還付の規定(国税通則法五六条、五九条)はないが、一般理論にしたがつて(ただし、司法手数料のごとく、公法上の債務については、債務がないにもかかわらず収納することはできないから税金の誤納の場合と同様に民法七〇五条の規定は適用されないものと解するのが相当である。)国に対し不当利得の返還を訴求できることはいうまでもなく、司法手数料の過誤納について、実務上、便宜措置として、未使用証明書を活用して処理されていることは右訴求をさまたげるものではない。
二、ところで、原告は、控訴審裁判所の措置により証拠申出書に貼用した収入印紙代金一〇〇円を違法に徴収されたと主張するので、まず、この点につき判断する。
第一審における口頭弁論終結後において、第一審裁判所に対し再開の申立てをし、それとともに答弁書および証拠申出書が提出してあつても、その口頭弁論が再開されなかつた以上は、それらの訴訟行為は、控訴審においてその効力を有するものではなく、したがつて当事者が控訴審において証拠の申出をしようとする場合には、新たな証拠申出書を提出することを要し、第一審裁判所に提出した右の証拠申出書の名宛人、年月日を訂正して流用することは許されないものと解すべきである。けだし。現行の民事訴訟法は、いわゆる続審主義をとるが、その趣旨とするところは、第一審手続と控訴審手続との継続を認める建前から第一審における口頭弁論終結前の訴訟行為は、控訴審における裁判に必要な限り、その効力を保有せしめる(民事訴訟法三七八条)とともに、当事者に一旦第一審の口頭弁論の終結によつて打ち切られた攻撃防禦方法の提出の機会を再び与え、控訴審で新たな資料を提出することができるとするにあつて、続審主義とはいつても右の趣旨以上には出でないものである。したがつて、本件において、前記第二記載のごとく控訴審裁判所裁判長が原告訴訟代理人に対し新たな証拠申出書を提出するよう勧告し、原告訴訟代理人がこれにしたがつて新たに証拠中出書を作成し、これに法定の収入印紙金一〇〇円を貼付したのは、いずれも当然の措置であり、右印紙の貼付は法律上の原因なく違法に徴収されたものでないことは明らかである。
三、さらに、原告は、第一審裁判所の措置により答弁書に貼用した収入印紙代金二〇円および証拠申出書に貼用した収入印紙代金一〇〇円を違法に徴収されたと主張するので、すすんでこの点について判断する。
第一審における口頭弁論終結後に再開の申立てとともに答弁書、証拠申出書を裁判所に提出するのは、口頭弁論が再開される場合にはこれに対する応答を求める旨の申請をする趣旨であると解され、かような条件付訴訟行為は、審理の基礎を不安定ならしめるものではないからもとより許されるものというべきであるが、しかし、かかる申請に対しては裁判所に応答義務はなく、口頭弁論を再開したときにはじめてこれに応答する義務が生ずるにすぎない。したがつて、当事者としてもこれらの書面に所定の印紙を貼付する義務はなく、口頭弁論が再開されたときに貼付すれば足りるわけである。しかし、これらの書面にあらかじめ所定の印紙を貼付しておくことは、再開の申立てが採用され口頭弁論が再開された場合に、ただちに再開後の口頭弁論期日において答弁することができるし、また、証拠の採否ないし証拠調べをも受けられる(民事訴訟用印紙法一一条)等の実益があるから、かかる趣旨と目的をもつて所定の印紙を貼用したこれらの書面が提出された場合に、裁判所としては、その受理を拒むべき理由はなく、そして受理した以上、貼用された印紙はただちに消印さるべきものである。けだし、印紙の消印は、司法手数料が国庫に収納されたことを明確にし、印紙の二重使用を防ぐためになされるものであつて、書面の受理と同時になされることを要するからである。したがつて本件において前記第二記載のごとく第一審裁判所が口頭弁論終結後に再開申立書とともに提出された答弁書および証拠申出書を受理し、これに貼用されたそれぞれ金二〇円、金一〇〇円の各印紙を消印したのはいずれも妥当な措置というべきである。(なお、原告は、司法手数料として右のように印紙を貼付して答弁書および証拠申出書を提出したのに、第一審裁判所は、再開の申立てを採用せず、そのため右印紙代金一二〇円を違法に徴収された旨主張するが、口頭弁論を再開するか否かは、同裁判所の裁量に属するから、口頭弁論を再開しなかつたことと印紙の徴収とを結び付け、再開の申立てを採用せず、そのために印紙代を違法徴収されたというは当らない。
四、しかしながら、右のように申請が有効、かつ実益があるものであること、ないしはこれについての裁判所の措置が妥当であることと、かくて国庫に収納された司法手数料が過誤納金として還付すべきものであるか否とは別個の問題である。すなわち申請が有効かつ実益のあるものであつても前示のとおり、裁判所にこれに対する応答義務がなく、したがつてこれに印紙を貼用して司法手数料を納付する義務が生じないような場合には、右の申請書に貼用して国庫に収納された印紙は、これを過誤納金として還付さるべきものである。これを本件についてみるに、原告が口頭弁論終結後に再開申立書とともに答弁書および証拠申出書を提出して再開の申立てをしたが、第一審裁判所は、右再開の申立てを採用せず、昭和三九年六月一五日判決を言渡したことは前記第二記載のとおりであり、これによれば、右答弁書および証拠申出書による申請に対する応答義務は生じないことに確定し、したがつてその司法手数料の納付義務もまたついに生じないままに終つたものというべきであるから、これらの書面に貼用され前示の経過により国庫に収納された各印紙は、その収納の法的根拠を欠き、過誤納金として還付さるべきものといわなければならない。
第五結論
そうすると、被告は法律上の原因なくして右印紙代金合計金一二〇円を利得し、原告に同額の損失を蒙らしめていることになるから、原告に対しこれを返還すべき義務がある。
よつて、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本良吉 内藤正久 筧康正)